人を招くことも多い主人。
でもその際に奥様や主人自身が何かを作って振舞うということはしません。作れないわけではなく、作らないのです。
ちなみに主人の家族は皆さま料理が上手です。作っていただいたこともあり、普通にお店のレベルを超えていて感動しました。
ではなぜそんな腕前を持ちながら振舞わないのか、について書いていきます。
家にひとを招くことがある方は役に立つ考え方もあるかもしれません。
好みはひとそれぞれ
味の好みというのはひとそれぞれ違います。全員がおいしい、と思うもののほうが少ないと思います。だから主人たちはひとに料理を振舞わない、というのです。

もし、君が招待された席で『腕によりをかけてつくったんです。』と料理を出されたときを想像してごらん。
もし自分にとっておいしくなくても『おいしいです』としか答えられないだろう?
だから私たちは作らないんだよ。
これは目からうろこでした。たしかに!とすごく納得してしまいました。
そのため、お客様がいらっしゃるときはその内容に合わせて、お店から買ってきたり、ケータリングサービスを頼んだりします。
軽い打合せ、お話などのときはコンビニでいくつかサンドイッチなどの軽食を買ってきます。とはいえ、盛り付けをするお皿はウェッジウッドのアフタヌーンティースタンドだったりするので高級感半端ないのですけれども。
しかも主人はそれを相手に伝えます。そうすることで、もしおなかがいっぱいだったり口に合わなかったときに残しやすくするというのです。

もちろん信頼できるケータリングサービスやおいしいと思ったものを用意するようにはしているよ。
でも私たちが作ったものでなければ、万が一口に合わなくてもそれを話のタネにできるから、料理の美味しい/まずいでその会が台無しになることはないんだよ。
晩餐会・パーティーをするときはケータリングサービス
執事になって初めての晩餐会を見たとき、衝撃でした。
ケータリングサービスというものに対してどんな印象をお持ちでしょうか。
私は、結婚式の二次会や同窓会などのケータリングサービスのイメージしかなく、特別すごいものとは思っていませんでした。
しかし、お金持ちというのは料理をケータリングするのではなく、シェフやソムリエ、ウェイターなどすべてをケータリングします。
これ、私が知らなかっただけで割と一般的だそうです。

今日、ケータリングが午後に来るから対応よろしくね。
このときは(なにか料理が届くんだなー)くらいしか思っていませんでした。
時間になって驚愕。シェフ3人、ソムリエ1人、ウェイター4人、あとマネージャー的な人がきました。
そして、そこから3時間以上かけて夜に向けた調理やセッティングが始まります。
目の前で出来上がっていく料理や完璧なテーブルセット、様々なワインやシャンパン…。完全に今まで私のイメージしていたケータリング像が崩壊しました。
執事という仕事に就かなければ、一生縁の無い光景だっただろうなと思います。
最後に
いままで私の価値観では、手料理を振舞うというのはおもてなし的に良いことと思っていました。
お店のサービスにもまれに見られますが、おもてなしやサービスをする側の『やりたい気持ち』が強すぎてゲスト側のことが抜け落ちてしまうとただの押しつけになってしまうことがあります。
今回の例もそういうことなんだなと学びました。
いろんなサービスを受けたり、いろんな方に招待される主人ならではの視点だなと感じる出来事でした。
コメント